2008年08月22日(金)

Over the Rainbow

今日が、10/23ですからこの記事を下書きしてちょうど2ヶ月が経過していたことになります。

すぐにアップする気でいたのですが、なぜだか、こんなに日が過ぎてしまって
自分でも不思議です。

でも、今日アップすることになったのですから、これも神様のいたずらなのだと思います。

何も書きかえずそのままアップしようとおもいます。




☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



皆さん、お元気ですか?
オリンピックも終わり、朝夕めっきり涼しくなり、夏の盛りを通り過ぎた気がしてちょっぴり切なくなっています。

今日は、お伝えしたいことがあって、久々にこのブログを開きました。

このブログを終了したと同時に、活字中毒の私は発散の場所として別のブログをスタートしていました。

このブログはイントラとしての私の一姿でしたから、いつかイントラを再開するまではこのブログには書きたくなかったんです。

新しいブログは、ただ自分の為だけに書いていました。
ここには書くことができなかった私の一側面やただのぼやき、読んだ本、映画、そんなどうでもいい内容ばかりです。

なので、ただただ根暗にこっそりと書いていました(笑)

でも、そんなど〜〜〜でもいい内容のブログなんですが、別にあえてこそこそする必要もないな、と。

なんかそう思ったんです。

こっちは、一応イントラとしての責任をもって言葉を選んで書いていたところがあります。
責任というと大げさですが、「これを書くと誤解を生むかもしれないからよしておこう。」とか、まぁそんな感じで。
簡単にいうと、いつも読んでくれている方を意識して書いていました。

ですが、そのブログは、真逆です(笑)
読んでいる人を意識なんてまったくせずに、ただ言いたい事を言いたいだけ書いている、とてもわがままなものです。

正直今の私は《愛》だの《慈悲》だの、どうでもよかったりします。

身体の根底から湧き上がってくる言葉ではありません。

《愛》を言葉にすることの希薄さに少々うんざりしていたりします。

自分を愛する、親を愛する、子供を愛する、彼を愛する、友人を愛する・・・・

今の私には、そういった事、もっと人生の先の先でいいんじゃないか、そう思えています。

それよりも、全身全霊で自分を感じること、相手を感じること、それに費やす今でありたいと思っているのです。

身体言語、身体からおのずと発せられる言語が、今の私の言語のあり方です。

そう(笑)、こういう具合に毒を吐きまくっているのがそっちのブログなんです。

ただ、なんとなく、こういう毒吐きの私を開示しても罰はあたらないんじゃないか、と思いました。

なので、興味がある人はどうぞお気軽にお立ち寄りください。


ただ、お伝えすることが二つほど。

まずこのブログを読んでどんな感想をもたれたとしても、私はなにも対応することはできません。
毒吐きを読んで、笑う方いれば、不服な方もいて、戸惑う方もいるかもしれませんが、もしコメントに「戸惑いました」と書かれても、私は本能の赴くままに書いていますから、そのご期待に沿うことはおそらくできません(苦笑)

なんせ、今の私はイントラではありません。

一人の女があ〜でもない、こ〜でもないとほざいている独り言だということをどうかご了承ください。

もう一点。そっちのブログに詳細を書いていますが、私は生徒の皆さんに言えなかったことがありました。

それは、ヨガを伝えていた時期、私はほとんど生理がきていない状態だったということです。
来ても数ヶ月に一度。
いってみれば、私の子宮は女性のしての機能をほとんど果たしていなかったことになります。
自分は生理が来ていないのに、えらそうに「生理痛に効くポーズ」なんてやっていたんですから、どうしようもないイントラです。

周りのヨガの友人達は「よくあることだ」「そのうちくるよ。」といってくれていました。
その言葉に甘えて、私は教え続けていました。
何より、正直なところその頃の私は、生理が来ていないことをそこまでシビアに考えていませんでした。
「ヨガのプロセスのひとつだろう。」と。
むしろ、ヨガをするには楽チンだ、位の心持ちでした。

それに警告を発してくれた何人かの知人のおかげで、私はハッとして、現状に甘んじている自分にやっときがつきました。

それからもう2年が過ぎました。

今の私は、一人の女性に戻り、生活しています。

女性としての機能が回復した今、改めてあの頃私が皆さんにそれを告知できなかったことをとても申し訳なく思っています。

ブログには、その頃の話も時折、思い出しては書いています。
ヨガに対しての愛情は相も変わらずですが、スタンスは大きく変化しました。

「女性が女性である」事を基盤として、私は今ヨガと接しています。

呼吸一つ、アサナの一つ一つ、ここまで変化するのか、と自分で驚いているくらいです。

自分の未熟さもさることながら、ヨガというツールに対しての私の無知さにとことん打ちのめされましたし、私が今現在望んでいるスタイルをお伝えするまでにはまだまだ時間がかかるようだと、日々感じている毎日です。

でも、いつか、こんな未熟な私の数々の失敗を生かせる日が来ることを切に願っています。

皆さんが健やかに快活に日々過ごされることをお祈りしています。

Ayuco


Over the Rainbow

http://yogarhythm.jugem.jp/




Posted at 12:12 | ヨガリズムからのお知らせ | この記事のURL | Clip!! | コメント(47)

2008年06月04日(水)

Yoga-rhythm

皆さんのめっちゃ愛のこもったメッセージ、堪らない喜びの中いただきました。
ありがとうございました。
私は、マジでめちゃめちゃシアワセモンです。


お一人お一人にコメントをお返ししようかとも思ったのですが、
どうにもひらめいてしまった事柄がありましたので、それを皆さんとシェアすることでお返事に変えさせていただきたいと思います。


ずいぶん前ある番組で桜井章一さんっていう〔雀鬼〕と呼ばれる麻雀のプロ(笑)が言っていた言葉をメモっていた日記がつい最近出てきました。(ご覧になった方もいるんじゃないかしら?)
なんでその時、そんな言葉をメモったのかはよく覚えていないんですが、よほど共鳴したんでしょうね。
今読み返してみて、さらにいっそうその言葉が響いて、何か忘れていた落し物を見つけたような気持ちがしました。

彼は多額の金額を動かす政治家の代役としてパイを打ち続け、勝ち続けてきた伝説の人なのだそうです。(想像しただけでも背筋が震えるような空間ですね・・)
そんな底知らずの汚い世界に身をおきつつも、彼がそこに見出したものは紛れもなく勝負への〔美〕と彼自身の人生への〔構え〕であったのだということを彼の言葉は物語っています。

彼はこう言っています。

「瞬間は愛なり。」

「だからこそ〔感じろ〕。〔考える」な。」

彼はパイをわずか2〜3秒で捨てるそうです。(彼の弟子たちにも徹底的にそれを教え込むのだとか。)
人間が動物として本来持ち合わせている「感じる」という感覚は、何よりも正確で信頼のおけるものだというのが彼の美学です。

私の勝手な解釈ですが、彼は別に「考える」ことを無意味であるとか、不必要であるとか言っているのではないんだと思います。
人間っていうのは他の動物と比べて脳が発達している分だけ、脳に寄り添いすぎて可笑しいほど自分が「動物」であるっていうことを置き忘れてしまいがちであるというのは自分に当てはめてみても痛感するところです。

彼は考えあぐねて人生に悩んでいる弟子たちにいつもこういうそうです。

「泳ぎ方もろくに知らないくせにそんなに沖までいくな。
深いな、怖いな、苦しいな、と感じたら足場が立つ場所に戻ればいい。
泳げるようになったらまた行けばいいんだから。」


私はハッとしました。

そして、思い出しました。

私がYoga-Rhythmというこの言葉に出会ったときの喜び。
ずいぶん前このブログにも書いたことがあるのですが、Yoga-Rhythmという名前はそれこそ空から降ってきたようにインスピレーションとして突然湧き上がって生まれた言葉です。
この言葉が降ってきたとき、「これしかない!」と確信しました。
ひとりガッツポーズ状態でした(笑)
まだ、なんの青写真もできていない、スタジオをスタートする半年ほど前にこの言葉だけが歩き出し、私はただこの言葉の向かう先を追っかけていたような気さえします。

私がヨガを通して強烈に感じ取っていたものは、
「感じる」「味わう」「奏でる」「愉しむ」「笑う」「踊る」「歌う」・・・
そんなとても原始的な感覚ばかりでした(笑)
それが「リズム」という一つの単語にすべて混在しているような気がしたんです。

「一人一人リズムが全く違ったっていいじゃない。
まずは自分のリズムを感じて、そのリズムのまま人生を味わって人と重なり合って音を作っていこう!
だってそれがヨガでしょ!!」

それが私のスタンスであり、中核でした。

足場がつく浅瀬に戻ってみて改めて、自分の原点はここ〔原始的感覚=Rhythm〕にある、そう確信しています。
廻り回って同じ場所に戻ってきた感覚です。
私を生んでくれた両親の元ででそう感じ始めている今は、yoga-rhythmが生まれた瞬間よりもずっとこの言葉の存在に感謝しています。
そして、地に足がついている心地よさを味わっています。

もうしばらく、私はこの浅瀬で自分の原点を肌で感じる日々を過ごしていこうと思います。

そしてこの原点がスタンスでもなく、中核でもなく、私と溶け込んだとき、また知らぬ間にいつのまにか泳ぎだしているのだと思います。

距離が離れていても、言葉を交わさなくても、繋がるときは繋がる。

私はそう信じています。

次お会いするとき、皆さんがどんな風に変化されているのか私はとてもとても楽しみです。
私はなんにも変わってないと思います(笑)
今よりさらに馬鹿正直さは加速していることは間違いないでしょう・・・
一休さんのように(笑)死ぬときは思いっきり駄々こねて「死にたくねぇなぁ〜もうちょっとこっちにいさせてくんないかなぁ」と呟くような人間臭い人間であり続けたいと願ってます。


皆さんと出会えた私はホントーーーーにシアワセモンです!

いつか皆さんからいただいたたくさんの幸せをトイチの上乗せでお返しできる日が来ることを願っています。

LOT'S OF LOVE


AYUCO

ある方から薦められて読んだ本にこんな一節がありました。
それは、まさに母が私に伝えようとしてくれていることそのもののような気が
しています。

男女に限らず人と人とは、お互いに理解しえぬ孤独に耐えるべきものです。
理解することばかりが愛情ではない。
理解しえぬ孤独に耐えるのも愛情です。
愛情があれば、その孤独に耐えられましょうし、また相手の孤独を理解しうるでしょう。

Posted at 23:15 | この記事のURL | Clip!! | コメント(71)

2008年05月22日(木)

ありがとうございました。

何度、今日こそは言葉を発しようと思って日を過ごしていたんでしょうか・・・

言葉が浮かんでこないというよりも、発するっていう作業そのものができなくて今に至ります。

言い訳はたぶんいくらでもできました。
皆さんを安心させるために元気なふりをすることもたぶんできたはずです。

でもその言い訳や振りはどれもこれもあやふやで言葉を重ね合わせることがどうしてもできませんでした。

このブログには今までありのまんまの私を投影してきて、いってみれば私の分身ですから、「書ける」まで待つことしかできませんでした。
「書かない」ということが私の数ヶ月のそのまんまの姿です。

社会的にかなり不適合な行為で、周りの方々にどれだけご心配をかけるであろう行為であるか、百も承知であえて選んでいました。

目の前にある状況と、私が向かおうとしている道が、どうやってもかみ合わない今があります。

今まで33年間、なんだかんだで思い巡らしていても答えがすっと目の前に降ってくる幸運の中で生きてきました。
そしてその感覚の働くままに流れてきて、かなり恵まれた道を選ばさせていただいていたと思います。

その感覚が全く降ってこないどころか、「考える」作業をすればするほどどつぼにはまってしまう状況が続いていました。
そして、「考える」という作業を中断した私は、結局その間、目の前の両親と過ごすことにだけにフォーカスすることしか残されていませんでした。

今まで数々私を救ってくれたそのありがたい感覚は、今回ばかりは、どうやら私が向かおうとしている方向とは別の道に導いているようだと気づいたのはつい最近です。
・・というよりは、気づきたくなかったのだと思います。

去年の今頃、私は「ヨガ」そのものがわからなくなって散々悩んだ末、結果、その大切さを再認識できたのは親との生活の日々があったからでした。
そして今、皮肉にも、ヨガの道に全く迷いのかけらすらなくなった私が、ぶつかったのは、やはり両親でした。

自分だけがインドやらにいって、ヨガを深めたつもりでノウノウとヨガを教える姿が、どうやったって想像できない。父と母の姿と、私がヨガをしている姿は、どういいように考えようとしてもうまい具合につながらないのです。
もうこれは言葉以前の問題でした。
現実、目の前に強烈に自分を必要としている二人がいるわけで、そこから身動きが一歩もとれない、ただそれだけです。

この状況が、OL時代だったら、私はおそらく仕事を続けながら親の介護もしていたのだと思います。「つらいなぁきついなぁ」なんてぼやきながら。
でも、これも皮肉なことに、ヨガに出会って「すべての状況は自らが創造している」という黄金律がいつのまにか体にしみこんでいます。
私自身が、両親を心から愛さない限り、状況はなにもかわらない、ってことだけは確かなことです。


ヨガと介護という二束のわらじをはくなんていう器用なことを自分がやってのけれるとは、思えません。
私にとって、母がお笑いの番組を見ながら笑っている時間を少しでも長く、歩ける距離がすこしでも伸ばせて、また庭の花に興味を持ってもらうことのほうが大切なんだと思います。
それはひとりよがりな私の欲であり望みであり希望であり、母の為というより、結局私のためなんだとも思います。

私の現在の生活は、ヨガの教えとは程遠い、めちゃめちゃ普通のヨガっぽさからかけ離れた生活です。
でもそれが、今の私にとってよりリアリティあふれる場所です。
私自身がヨガをやめることはおそらくこれからもないでしょうが、それは今までのリズムとは異なり、私なりのヨガをこれからも続けていこうと思います。
もっと早く、みなさんにご心配をかける前に、この決断に至っていればよかったのに、と思います。

失うことを怖がっていたら、親ともヨガとも、自分ともいつまでたってもこのまんまなんだと、今書きながら改めて感じています。

このブログは今日をもって一旦終了します。


今まで、暖かく私を見守ってくださった皆さん、本当にありがとうございました。
皆さんに出会わなかったら、今の私はいませんし、こんなにヨガの深さを知ることもなかったでしょうし、なにより、まず「愛」ってものを知ることはなかったと思います。
私の一生のテーマに出会えたのは、何よりの宝です。

これからも皆さんがそれぞれのリズムで本物の「愛」を探索する人生を送られることを心から祈っています。
そして、いつも心の中で応援しています。

いつか、再会できる日があれば、それがヨガの場であることを願いつつ・・・

Shanti shanti shanti


AYU















Posted at 02:04 | この記事のURL | Clip!! | コメント(10)

2007年12月31日(月)

大晦日

気がつけば大晦日じゃねぇかぁぁ〜〜汗

クリスマス過ぎたあたりからの記憶があまりない・・・怒

大掃除、親戚へのご挨拶周り、その他年内に終わらしておきたい(願わくば・・・)雑務の数々に手をつけはじめたら、あのバリやジープでのゆったりとした日々が夢だったかのようにわっさわっさと時間の波が押し寄せ「よっしゃ〜〜」とスイッチを《さばけるOLもどき》モードへ変更し(本当にもどきで終わってますが)気がつけば大晦日・・で今日を迎えております・・・。

しかも《今年はやります!》・・と数日前からおせち料理作りをスタートしたもんだから、我が首をさらに締めることになりました困った

土壇場で《栗》がねぇ〜〜〜!!!とあわててスーパーにいったら、すんごい人。駐車場で15分待ち。(天神ならまだしも、南区では日常ありえないことですから・・・)
The大晦日ですねぇ!
確実に二割り増しにはなっている野菜達も売れ行き好調の様子。
溢れるように陳列されている、オードブル、お刺身、サラダ、、、、、
あ〜明日は元旦なんだなぁ〜と実感。
正月離れだなんだっていわれている昨今ですが、ああいう活気溢れるひとだかりを見ると人事ながら妙に嬉しくなってしまいました。
栗だけ買いにいってあんな長いレジの行列に並ぶなんて不公平だ!とジュースだ、ヨーグルトだ、初卸し用の歯ブラシだ、とかごの中に入れていく自分に、「結局、してやられているのは私じゃねぇか?」と一人突っ込みを入れつつ、まぁ買い納めってことで・・・

でもここ数年?!、正月っていっても、元旦から開いてるスーパーもあるし、確実にコンビにはあいてるし、町のデパートは元旦から大賑わいだし、別に買い溜めしなくたって困ることなんて少しもないんですよね。
昔は(って少なくとも私が小さい頃は・・・)元旦なんか店はひとっつも開いてなくて、いつもにぎわう商店街ががら〜〜〜んとひっそりと静まりかえっている、っていうのが正月の風景だったんですよね。
おせちなんていうのは、いつも毎日忙しい女どもが正月くらいは休めるようにって、日持ちがするあまったるい保存食を作り溜めして出来上がっているんですから、それでOKなはずなんですね。
まぁ確におせちも飽きるし、いろいろ不便なんだけど、餅やいてみたり、おせちの残りものでしのいだり、残っている野菜で鍋したり、どうにか3日くらいをそうやって凌ぐのが、これまた正月だなぁって感じたりしていました。

それが3日の初売りが、2日になって、いつのまにかいまじゃ元旦が初売りの定番。
ピザ宅配なんて、正月は稼ぎ時って時代です。

これも時代の流れなんですかねぇ・・・(苦笑)
そんなの、いつもと何にも変わんないんじゃないん?
なんか、味気ないなぁ〜
と愚痴をこぼす私は立派に時代の波に乗り遅れている古民衆です。

なにはともあれ、明日から2008年がスタートです。

残り数時間、皆さんが今年1年の締めくくりとして充実した時間をすごされることを願っています♪

よい年明けをお迎え下さい笑顔

PS.ちなみに私は108回太陽礼拝で2008年を迎えたいと思っておりま〜〜す♪


Posted at 18:05 | 女ヨギのひねもす日誌 | この記事のURL | Clip!! | コメント(3)

2007年12月22日(土)

イベントのお知らせ その名も《オテロク》! 

ちょっといい話を聞きつけました!
残念ながら福岡ではないのだけれど、東京在住の方に耳寄りなお知らせ♪

私が心から愛してやまないヨガ友であり、尊敬する先輩であり、離れていても何故かしらいろんなところで繋がってしまう不思議なご縁を感じている、中園順子さんこと、じゅんちゃんがお仲間ととってもシャンティ〜なイベントを開催します♪
(アシュタンギーならご存知の方も多いかしら?ヨガマーラなどの翻訳をてがけたり、九段下などでアシュタンガクラスもされているとってもピースフルな素敵な女性です♪)

おいらが東京にいたら、絶対いくぜ!
ってなわけで、ぜひ東京近辺にお住まいの方、2008年の年明けを私の分まで平和な空間で幕開けしてください。

詳しくはブログ《今日はお寺で6時間》サイトをご覧ください。

上映される「六ヶ所ラプソディー」っていう映画、見たいんだよなぁ〜
こんなイベント福岡でもやりたいわぁ〜


今日はお寺で6時間!
〜知る・感じる・ただ坐る etc.
   with 映画「六ヶ所村ラプソディー」〜
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

お寺は癒しの場だけじゃない。
禅僧たちの毎日がそうであるように、
大切な気づきの場なんだ。
話題のドキュメンタリー映画を見て考えよう。
今生きていることや、自分にとって大切なこと。
身体をほぐすための時間もあるよ。
6時間たっぷり、身も心も、深呼吸。
お寺に行くのが初詣だけなんてもったいない。

○日 時 2008年1月19日(土)
     12:30開場 13:00開演

○会 場 港区青松寺(日比谷線神谷町徒歩8分
     または都営三田線御成門徒歩5分)
  http://www5.ocn.ne.jp/~seishoji/mapframe.html

○資料代 1500円 予約不要

心休まる観音聖堂で過ごす一日。
映画上映、仏教系ヨガ&坐禅教室、
トークセッション&ライブ、
お寺カフェ&ショップなど盛りだくさん!
美味しい精進スイーツ、玄米おむすびなどの軽食や、
身体が温まるお茶(myカップご持参大歓迎!)などで、
ほっとひと息タイムもご自由に。

・坐禅に参加ご希望の方は、脚の組みやすい
 ズボンやジャージをご用意ください。
 スカートはご遠慮ください。更衣室もございます。

・満員のため入場できない場合もございます。
 当日の混雑状況にはお気軽にお問い合わせください。

イベントの詳細は:http://otera6.jugem.jp/
お問い合わせ先:otera6☆gmail.com 080-6536-1370
      (☆を@に替えてください)

※会場の青松寺にはお問い合わせしないで
 いただけますようお願いいたします。

主催:お寺で6時間!実行委員会  協力:青松寺  

Posted at 11:07 | 新着ヨガワークショップ情報 | この記事のURL | Clip!! | コメント(3)

2007年12月21日(金)

旅の最中で感じたこと

今回のこのJeep島の旅は思いっきりわがままな自分自身へのギフトでした。
そして、ひとつの大きなけじめの意味も含まれていました。
この1年の大きなうねりの落ち所を創りたかったのかもしれません。
今年1年大きな存在から私というちっぽけな存在へ[Who am I?]を終始投げかけられ続けた日々だったように思います。
まだか、まだか、とベールをはがされるごとに痛みを伴い、自分がこんなにもエゴの塊だったのかと、思い知らされる日々でした。
それはまるで、熱い熱い火の中に投げ込まれ、エゴや執着やありとあらゆる「私」と信じていた存在の塊が溶けていくような感覚でした。
そして溶け終えた塊がまた固体へと変化し、私という存在が再生されたような不思議な体験でした。

生まれたときとなんら変わらず、自分が所持しているものなんて何一つないことに気がついたとき、自分が本当に求めているものが浮き彫りになっていき、とても大切なかけがえのないものに再び命が宿っていくようでした。

ジープ島行きへはバリのリトリートへ行く前に、もしご縁があれば行けるかもしれない、そんなはずみから芽生えました。
そして、一人分だけがちょうどその期間空いていました。

360度海に囲まれた、一周を250歩ほどであるけちゃうくらいの小さな島で、朝起きてヨガをして、海に入って、ご飯食べて、また海に入って、またご飯食べて、ハンモックに揺られながら本を読んで、昼寝して、きがついたら夕方で、ご飯食べたら夜になって、満点の星空みながらお外で寝て・・・・・

普段の生活よりも明らかに暇な時間が多いのに、全く退屈じゃないっていう可笑しさ。
普段の生活よりも明らかに考える時間が有り余っているのに、考えるっていう作業よりも感じるっていう作業に費やしてしまう不思議さ。

なにもしない、っていう溢れるほどの贅沢な時間の中で、自分がいかに日常の中で不必要なことに時間とエネルギーを費やしているのか、外側に意識を向けているのか、そんなことをただ感じることができました。

壮大な珊瑚の結晶は、まさに地球がクリエイトしたアートそのもの。
その珊瑚の周りには、泣けるくらいに見事に共生共存する沢山の生物が溢れていました。

Jeep島のそこらじゅうに生息するやどかり達は私たち宿泊者の汚物や食べ物の残りかすを食べ、排泄し、海へと戻してくれていました。

バケツ一杯の水のみで、十分に体が洗えるってことへの情けなさと有難さの混じった不思議な感覚。

海に入っているといつも感じることなんだけど、人間なんて自然を前にすると本当に笑っちゃうほどちっぽけ存在。

そんな存在がとても傲慢にもっともっとちっぽけな「我」って存在を誇示するために必死になって守って、戦って、何かを所有しようと躍起になっていることを、いつも海は教えてくれます。

そして、それは、少しも変わらず、ヨガから教えていただいているものと全く同じ。

バリリトリートの前に、この島へ行ったことは私にとってはとても意味のあるものでした。

このJEEP島での日々が、バリリトリートをよりディープによりパワフルに学び深いものへ導いてくれたような気がしています。

ヨガのプラクティスは、私にとって欠かせないものでありながら、同時にそれは私にとって決して全てではありません。
言い換えるなら、毎時間、毎分、毎秒の一瞬一瞬がヨガであるということを、気がつかせてくれるものが、ヨガのプラクティスであって、その瞬間こそが全てだということを味わうことこそがヨガ。
私みたいなひよっこはプラクティスなしにそれを味わえるほど熟成された人間ではないからこそ毎日のプラクティスが必要だってこと、
それをこの3週間の旅が改めて教えてくれました。

ついつい、意識は今という場所から過去や未来に飛んでいってしまって、はたと今ここに自分がいないことに気がつきます。
日々のプラクティスは、自分が今ここに全神経、全精力を注ぎ込むことのパワフルさと偉大さを、そして注ぎ込まないときの危うさを、身をもって教えてくれます。

久々のケン先生のクラスでお話される言葉の数々を聞いていると、数年前のTTCの時に、時間が戻ったような懐かしさを感じました。
そして、今の私に構築されたヨガの根底に確実にケン先生からいただいた教えが流れているのを驚くほど再確認しました。
そして有難さで胸が一杯になりました。

その驚きは、同時にこれまでゴヴィンダ先生をはじめとする偉大な先生方の教えも確実に私自身の源へ還元されているんだなぁっていうことを改めて感じる日々でもありました。

今年1年を締めくくるに相応しい日々をすごせたことに限りない感謝が溢れています。

来年またどんな出会いがあり、どんな体験をするのか、今からとてもワクワクしています。

Posted at 22:21 | ちょっと真面目なヨガ談義 | この記事のURL | Clip!! | コメント(0)

2007年12月21日(金)

Jeep島 ラスト

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この島を守る唯一の住人シノさん
仕事をしていないときは、ほとんど毎日ウクレレをひいてた


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シノの奥さん リベル
三度の食事は彼女が作ってくれる
とってもやさしくってキュートな彼女
私がヨガをする姿を見て、「You are like snake!」とたいそう喜んでくれた(笑)
私を大道芸人かなにかだと勘違いしたのか友人が来るたびに「one more!one more!」とおねだりされた。
実際ヘビをみたこともないらしい・・・おいおい・・・(苦笑)


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島の番犬 ジープ


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こんな夕日を前にすると、ついつい頭立ちしたくなる衝動にかられる
っていうか、してた・・・。



この島の開島者 吉田宏司さんの本

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美しい島の写真満載
この島のことがぎっしり詰まった一冊
島をみつけるまでのエピソード、イルカのこと、自然環境のことなど・・・


こうやって思い返していると、またあの海にサボンと入りたくなります。

ブランドもんとかそういうもんに興味を持たなくなるにつれて、こういう本物の自然にしか究極の贅沢を感じなくなっていくっていうのも女としていかほどのものかと・・・
ちょいと複雑な心境であるのも確かです・・・(苦笑)

でも、また行きたいな。
行くだろうな。たぶん。

Posted at 20:26 | Jeep island | この記事のURL | Clip!! | コメント(0)

2007年12月21日(金)

Jeep島での日々

Jeep島には私のほかに一人旅の女性が他2名、新婚さん一組、ファミリー1組の8名が宿泊。
ほとんどの方が、がんがん潜るダイバーさん。
私はオープンこそ取得しているものの、正直機材を背負って潜るっていうのがどーも苦手で、取得以来一度も潜った経験なし(笑)
なんで、ぷかぷかファミリー組の一人娘あさひちゃんともっぱらシュノーケルを楽しむ日々。
シュノーケルで十分楽しめちゃうのが、この島のいいところです。

いつも私と遊んでくれていた(笑)あさひちゃんがとにかくかわいくって素直で、そしてとってもクリエイティブ!
「こりゃ将来いい女になるな・・・」と私が男なら予約済みの札を貼り付けておくところです。無念!
運動神経抜群で日に日に海の女の変身していく姿は圧巻!

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私の天使、あさひちゃん♪


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この島のホスト!吉田さんと。ちなみに彼は日本人です(笑)
そして、実は色白らしい。本人談・・・(笑)


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あさひちゃんと私の共同作品 椰子の実に書いたクリスマスカード♪
左があさひちゃん作品。確実に私のカードよりセンス良し!


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ハンモックに寝ながらとってみた


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洗濯物はこんな感じ。
でも夜は雨が降るので、洗ってもあまり意味ない。
と油断して海水のまま干していたら服がどんどん臭くなった・・・・・・


この島の主役は海なんで、海の中の写真をアップしたいところだけど、私はそんなツワモノ道具を持っていないため、陸の写真しかありません・・・。
シュノーケルからなにから、すべて現地で借りたし。
次回行くときはカメラくらいは海中仕様にしたいもんです。

Posted at 19:53 | Jeep island | この記事のURL | Clip!! | コメント(0)

2007年12月20日(木)

いざJEEP島へ・・・・

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まずJeep島ってなに?って人。
ミクロネシアの大海原にちょこっと浮かんでいるこの島。
これがJeep島です(笑)

漫画の世界に出てきそうなこの姿に本気で笑っちゃうけど立派な島なんです。

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もうちょっと近寄ってみたら、こんな感じ


この島の事は、2年ほど前ある雑誌に載っているのを見て知り、「いつかいきたい!」と想いを膨らませていた場所。
木もなにもなかった無人島を吉田さんという方が開島し、コテージを作り、やしの木を植え、自然との共生共存を実現させています。
日本人にのみ宿泊許可しているんです。
島には風呂はなく、雨水を浄化したバケツ一杯の水で洗い、コテージも大小ひとつずつ男女に分かれて宿泊します。
海の生態系を壊さないように、ケミカル系のシャンプーや歯磨きなんかは使えません。

言葉にするとけっこうサバイバル的に聞こえますが、ここでの生活はいたって快適でとっても平和です(笑)
なんてたって、360度見渡す限り海♪
みんな起き抜けにひとっ風呂感覚でシュノーケル。
私の場合、起き抜けにまず、朝日に向かってヨガ、その後シュノーケルだったけど(笑)

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さらにもうちょっと近づいたらこんな感じ


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到着した夜は満月から2日後。
でも月の光だけでこんなに明るく海を照らします

Posted at 19:39 | Jeep island | この記事のURL | Clip!! | コメント(0)

2007年12月20日(木)

旅の始まり・・・

今回の旅の始まりは東京です。
Mari&DAVIDE夫妻の家にお世話になっていました。
二人らしい、シンプルだけどアートの溢れたお部屋で居心地よく、すっかり居候していました。

今回の東京滞在の第一の目的は前述した友人のお墓参り。
どうしても、年内に彼女に会っておきたかったんです。
そして、なんとなく、旅の前に挨拶しておきたかったんです。
滞在中、結局、2回横須賀にある彼女が眠っているお寺さんに出向きました。

彼女の悲報を知った友人から連絡をもらい、彼の車で一度目は連れて行ってもらったのですが、彼とはかれこれ数年ぶりの再会。
カナダ時代、自然に囲まれた小高い丘にある彼の広い家はみんなのたまり場で(笑)、私もその彼女も何度足しげく通ったことか・・・・汗
ありきたりの言葉だけれど、あの日々はまさしく私たちの「青春」の一ページでした。
ちょうどその頃彼が立ち上げた会社はいまじゃでっかくなってあらゆる事業をこなす立派な社長さん。
ひっきりなしにかかってくる電話に受け答えしながら見事に車を運転する彼を見ながら、そんなに忙しくてもこうやって時間を作ってくれた彼の気遣いと優しさを感じてじわ〜っと暖かい気持ちが溢れました。
亡くなった彼女と一緒に時をすごした仲間として、少なからず似通った想いを抱いている者同士が十数年の月日を経て、再会した場所が彼女の墓前だというのはちょっぴり切なくもありました。
けれど墓前で手を合わせているとき、彼が訪れてくれたことを喜んでいる彼女の顔がふっと浮かんで、もしかするとこうやって二人でお参りできたのも彼女の仕業かもしれない、そう思うと有難くもありました。
不思議なことに、横須賀までの車内の会話で、お互いの近況話から彼のお父様も認知症だという話に発展しました。
なんと彼は認知症の徘徊を減らしていく団体まで設立していました。

「散々親不孝やってきたからな。親がこうなってやっと気づくなんてかっこ悪いけど、まぁせめてもの償いのつもりなんだ。自分が親になって気づくことって沢山あるんだよな。」

そう言う彼はとってもいい顔していて、そんな大人の男性へと変化した彼と再会できたことを心から嬉しく思いました。

2回目は、別の友人夫妻と一緒に再び横須賀に出向きました。
彼らも連休の真っ只中の数少ない家族の時間を割いて時間を作ってくれました。
帰りの道すがら、車内からでっかく煌煌と光る満月を見ながら、彼女とよく月見をしたことを思い出しました。

その夜は、宿泊させてもらっているMARI&DAVIDE夫妻と、別の友人夫妻も加わって久々に留学時代のようなお食事会をしました。
そこに、それぞれの子供たちも加わって・・・
なんか、彼女もそこにいるような、そんな気がしました。

今回の東京滞在の目的は無事終了。
実のところ、シャラス先生のWSは予定が重ならずに行けたらいいなぁ位のノリだったんです。(苦笑)
私にとっては、彼女へずっと言いたくていえなかった「ありがとう」っていう言葉を伝えることが一番大切な事柄だったから。

結局、行ったんですけどね(笑)

2年ぶり(あれ?3年だっけな?)のシャラス先生のカウントでのレッドは最高でした♪

いろんななつかしい人々にも再会できて、これまたサプライズと喜び溢れる1日になりました。
ゴビンダ先生とメイちゃんとも久々にハグができて愛のエネルギーを充電できましたし(笑)



ここからは旅の本番、ジープ島とバリ島リトリートに移っていきます♪

Posted at 18:05 | 国内ふらり散策記 | この記事のURL | Clip!! | コメント(0)


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